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徐家、中国武術の歩み

徐其成とその家族の歴史

 

 

 徐(ジョ)家と中国武術との関わりは、徐其成(ジョ,キセイ)から始まり、妻の欒孝娟(ラン,コウエン)、欒(ラン)家の兄弟姉妹、息子達、孫へと引き継がれています。

徐其成と欒孝娟は、遼寧省瀋陽市の武術チーム総監督として長年に渡り、数々の優秀な選手を輩出し、中国武術の歴史の1ページとしてその名を刻んできました。

ここでは徐家の武術の歩みについて、少しご紹介したいと思います。

夫婦

徐家・長男

幼少の頃より武術を習い、プロとして活躍。

中国武術9段。国家高級監督。

中国では刀王と呼ばれ、かつての中国総理大臣・周恩来の護衛を務める。

自らが改変した〝少林追風刀〟は、中国全土のプロフェッショナルの試合において、6度の優勝に輝き、2012年に中国無形文化財(人間国宝)に認定されている。
又、国内外に数多くの優秀な武術家を育成し、中国武術の継承と発展に努める。
 

徐其成(ジョ,キセイ)

詳しい履歴はこちらから☞

欒孝娟(ラン,コウエン)

18歳の頃から徐其成について武術を習い、プロとして活躍。

上海体育大学全国プロフェッショナルコーチ育成コース卒業。

国家高級監督、国家一級審判員。

現職は、遼寧省武術館主任監督、丹東市少林秘踪拳研究会名誉会長など。

1960年~ 遼寧省、市武術競技会にて、拳術3種目優勝、剣術、形意拳、四路奔打拳、八仙剣、形意拳3種目、風魔掌優勝など。今もなお沢山の競技大会に出場し、今まで獲得した金メダルの総数は100枚以上に上る。

1971年から、瀋陽市武術チームの監督に就任。

指導期間中に、選手たちは個人種目にて計400個の金メダルを獲得し、団体優勝、約200回の成績を残す。

中国民間武術家名典、中国伝統武術10人の優れた指導者、瀋陽市の10人の優れた指導者に選ばれる。

兄弟・弟

幼少の頃から徐其成より武術を習い、プロとして活躍。

徐其成とともに朝鮮民主主義人民共和国にて演武などをし、後にロシアにて武術を伝授。

遼寧省体育館館長を定年退職後、現在も武芸の道に励む。

欒孝彦(ラン,コウゲン)

姉妹・妹

欒孝麗(ラン,コウレイ)

6歳の頃から姉と共に徐其成より武術を習う。

1972年 遼寧省武術チームに入隊、選手として活躍。

1973年~ 遼寧省武術競技大会にて、剣術優勝、拳術第5位、刀術優勝。1990年 遼寧省伝統武術競技大会にて、全種目優勝。2012年 香港国際武術競技大会にて、剣術優勝、八卦掌優勝、他。

得意種目:八仙剣、八卦連環掌。

現職は、遼寧省武術館チーム監督、丹東市社会人チーム監督、メープルリッジ・インターナショナルスクール子どもチームコーチ。

長年に渡り徐家のチームを支え、武術の発展に貢献してきた。大人から子どもまで、分かりやすい指導には定評があり、チームの影の功労者である。

徐言偉(ジョ,ゲンイ)

8歳から徐其成に本格的に武術を習い、10代に遼寧省武術チームのプロ選手として約5年間活躍。

蟷螂拳で全国競技大会にて優勝するなど、中国各地の試合にて優秀な成績を残す。

1988年、中国北京体育大学・武術学部に入学。
1992年、日本、大阪体育大学に編入学後に帰化。卒業後、京都を中心に中国武術・太極拳教室を多数開催。徐其成中国武術研究会を発足する。
(写真は10代のプロ選手の頃)
 

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徐言平(ジョ,ヤンピン)

1971年生まれ。幼少の頃から徐其成より武術を習い、13歳から北京体育大学競技学校に入学、プロ選手として活躍、大変優秀な成績を収める。

その後、北京体育大学入学・卒業。

現在は遼寧省公安司法管理幹部学院(警察学校)で副教授(教官)として武術の実戦指導を行う。

1984年瀋陽市武術競技大会にて、伝統拳術・自選長拳、各優勝

1986年中国全国少年“武士杯”プロの武術競技大会にて、自選長拳・自選刀術・自選棍術、各優勝

1987年中国全国少年“武士杯”プロの武術競技大会にて、自選長拳・自選刀術・自選棍術、各優勝

1988年中国全国少年“武士杯”プロの武術競技大会にて、自選長拳・自選刀術・自選棍術・蟷螂拳、各優勝(全種目1位)

1990年中国全国武術競技大会にて、武英級の称号を得る(最高級の称号)

1992年中国全国体育学院武術競技大会にて、三節棍・蟷螂拳、各優勝、その他優秀な成績を収める

1995年武術套路一級審判員取得

次男

言平・娘

幼少の頃から、祖父母に武術を少しずつ仕込まれ、只今、修行真っ最中??
将来が楽しみです!

◆ 徐家・写真とエピソード

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